社員エンゲージメントを上げる本質的な方法: C.アージリス 職務充実、職務拡大
結論から書いてしまいますが、社員のエンゲージメントを上げる本質的な方法は、権限移譲と人事異動しかありません。こういうと「なるほど」と思う方もいらっしゃれば、「そんな筈はない」という方もいらっしゃるでしょう。権限委譲と人事異動といったのは、C. アージリスという経営学者です。因みに権限移譲と社員エンゲージメントの関係を最初に行ったのはハーズバークという経営学者です。専門用語では、職務充実(権限移譲)と職務拡大(人事異動)と言います。
C.アージリスはどんな人か?
C.アージリスは1923年生まれで、71年からハーバード大学教育学部教授を務めています。最も妥当と思われる説を提唱した学者の一人で、経営学&心理学者です。その理論は行動科学的組織論と呼ばれています。純粋に自分の利得に基づいて行動する人間観を元にした科学的管理法や、職場内の人間関係で従業員の生産性が決まると考える人間関係論に対して、行動科学的組織論は、人とその集団である組織の行動原理を理解しようとする学問体系です。
経営学の初期には、人間は自分の利得に基づいて行動するのでこれを科学的に制御できると考えていたわけです。ところが、ホーソン実験のように職場の人間関係が生産性の大きな要素であることが分かったことから、人間関係論ができました。ただ、現代人にとって仕事とは、単に職場の人間関係だけに留まることではありません。そこで、個人の主体性と組織の調和ということに注目が向けられることになったわけです。下記にホーソン実験とハーズバーグの動機付け要因、衛生要因のリンクを掲載します。まだ読んでいない方はご参考まで。
職務充実、職務拡大とは
職務充実(権限移譲)
職務充実(権限移譲)は、仕事の幅や種類ではなく、責任や権限の範囲を拡大することで、縦への拡大、仕事の質的充実、職務の垂直的拡大と言われることもあります。前述のハーズバーグが提唱した概念です。
例えば、今まで営業だけを担当させていた社員に、商品企画の権限も持たせるとか、部下をつけてマネジメントをさせるとか、売上予算だけではなく経費予算も管理させるという場合です。
職務拡大(人事異動)
職務拡大とは、担当させる職務の幅や種類を広げることで、横への拡大、課業の量的拡大、水平的拡大と言われることもあります。前述のC.アージリスの概念です。
例えば、Aという事業に携わっていた社員をBという事業の担当に変えたり、雑誌の担当者をWebの担当者に配置転換するという場合です。
なぜ、職務充実、職務拡大なのか?
ある個人は、身体的な要素と精神的な要素で成り立っていると考えられます。少し考えただけでも、好悪、欲求、能力、文化、感情、自信/自己認識、価値観、偏見等、様々に考えられます。これらの要素、つまり性格が内面と環境との両者で調和が取れている状態であれば、人間は自己実現の達成に向けて努力するとC.アージリスは考えました。性善説というか、大分、人間の良い面に焦点を当てた考えです。
ただ、自分の好き勝手なことだけをやることはできません。人間には外部環境への適応の過程で、自分を変化させていく。これが人間の成長であり、成熟度理論と呼びます。成熟(成長)過程については、
- 受動的から能動的になる
- 他者に依存する状態から自律した状態になる
- 新しい方法論を習得する
- その場限りの浅い関心から,より深い興味を持つようになる
- 短期の展望から長期の展望へと発達する
- 家庭や組織で従属的な地位から同位、さらには上位になる
- 自己を意識し、コントロールする
という変化があるというわけです。
ところがこうした人間が組織に入る場合に、人間にとって不都合な性質が会社組織にはあるというのです。
- 仕事の専門化(task or work specialization)
仕事はなるべく単純に区切り、数をこなす方が生産性が高まる。 - 命令の系統(chain of command)
会社組織では上司の判断に従わなければならない。部下は上司に対し、受け身的、従属的にならざるを得ない。部下の自己決定権は抑制される。 - 方向性の統一(unity of direction)
社員は会社組織の方向性に沿って行動しなければならない。各自が考えて行動するよりも、経営者が決定した行動をする方が効率が良い - 管理の幅(span of control)
細かい管理の場合、部下の数は5~6人が限界。それ以上増やさない方が良い。
こうした特性を持つ組織が個人を活かす方法として、C.アージリスが考えたものの一つが職務充実(権限移譲)と職務拡大(人事異動)です。
勿論、ただ闇雲に権限移譲はできないので、
- 価値観の浸透(経営理念&Vision)
- 権限移譲に当たっての判断基準の共有
- 少数の人員で組織内を固め、責任感や個人の重要性や使命感を高める
という取り組みも合わせて考えられています。
因みに、他にも☆自己責任、自発性、使命感を徹底させる、☆適切なリーダーシップ、☆賞罰の適切な利用が挙げられています。
アージリスへの批判
以下は私見ですが、C.アージリスの論を改めて考えてみます。
まず、大部分の人間は一人で生活していないし、一人で仕事をしているわけではありません。組織内の遣り取りから影響を受けます。人間は自己実現のために努力するというところに共感しますが、チームとしての働き方に別のヒントがあります。チームとしての目標、達成、良い人間関係も社員のエンゲージメントに大きな影響があります。
全ての人間が仕事を通じて自己実現を図るわけではありません。趣味や家族も自己実現を図るものの一つです。加えて、同じ人でも子育てや介護のタイミングで、仕事に充分打ち込めない期間があります。日本では、労働力不足から多様な働き方を認めていかないと成り立たない情勢になっています。こうした戦力をどう組織化していくかに課題があります。
C.アージリスはピラミッド型組織形態を想定しているようです。代表的な著作が発表されたのが1970年代ですから、その頃は製造業が注目され、経営者をトップとし、一番下に現場がある組織を想定することが一般的だったかもしれません。ただ、小売業(店舗別組織)、商社・卸売業(事業別・顧客別組織)などでは必ずしもピラミッド型組織が効率が良いとは限りません。特に最近の戦略論では成熟市場を前提に逆三角形組織が注目されています。下記に逆ピラミッド型組織についての解説があります。ご参考まで。